「ハゲても気にする必要はありません。それは個性です。」
なんて、悟りを開いたような言葉を並べて、薄毛を正当化する気は毛頭ありません。

綺麗事は言わない
というか、僕はハゲても幸せなんてことは一ミリも感じなかった。
おそらく、僕はハゲに向いていなかった…。

誰も向いてないと思う・・・
薄毛が気になり始めてから、人目や外出が怖くなりました。
でも、実際、世の中にはハゲていても堂々と生きている人はたくさんいる。
家庭を持ち、仕事をして、趣味を楽しみ、むしろハゲを武器にしているような人すらいます。
僕は一度、ハゲの一歩手前まで薄毛が進行した経験があります。

ここだけの話・・・
当時の僕は、ハゲてしまって、不幸だと感じていました。というか、今でもハゲることへの恐怖は消えません。
AGA治療をしている僕が言っても説得力はないですが、最近は「ハゲ=不幸」ではないような気がしています。
問題はハゲじゃなかった。僕がハゲに向いていなかった。
それだけの話です。
薄毛より、気にし続けるほうがツラかった
今振り返ると、正直、ツラかったのはハゲそのものではなかった気がしています。

どういうこと?
もちろん、ハゲたのは、きつかった…。
でも、本当に嫌だったのは
ハゲを気にして、毎日クヨクヨしている自分
だった気がする。
そもそも、ハゲたからと言って、誰かに指摘されることはない。
影では言われていたかも知れないけど、面と向かって「ハゲ」と指摘をする人はいない。

そうだね・・・
ただ勝手に傷ついて、勝手に疲弊していた。
ハゲているからと言って、直接的な被害はゼロ。
ゼロじゃないにしても、気にするほどツラいことはない。
なのに、僕が一人で消耗していた。ハゲの風評被害どころか、加害者は僕自身でした。
せめて普通でいたかった
正直に言うと、僕には特別な取り柄がない。

どこにでもいる中年・・・
仕事で圧倒的な成功を収めているわけでも、人を惹きつけるカリスマ性があるわけでも、特技が「何でも食べられること」なわけでもない。
だからせめて、見た目くらいは普通でいたかった。
薄毛が進行すると「ただ髪が減る」だけじゃなく、自信まで一緒に抜けていく感覚になる。
少なくとも僕は、プライドというか、自信というか、そんなものが、髪と一緒に失われていった。

萎んでいく感じ・・・
そして、抜け毛が排水口に溜まるように、心の中でモヤモヤが増えていく。
外出が億劫になり、趣味への熱量も落ちる。何をするのも嫌になる。
当時の僕は、他人の目を避けるように、家の中でゴロゴロと時間を潰していました。
完全に「頭の毛より、頭の中身に問題があるのでは?」という状態だったけど、当時はそれが分からなかった。
AGA治療を始めた頃が、一番ツラかった
でも僕にも少しだけ勇気があった…というか、こんな生活を送っていたら、クズになってしまうと思える理性があった。

良かったよ
そして、AGA治療を始めました。
これで「晴れやかな気持ちになる」と思った矢先、さらに抜けました。

ツラかった・・・
初期脱毛です。「治療の過程で一時的に抜ける」と説明は受けていたものの、頭では理解していても心がまったく追いつかない。
「改善したくて始めたのに、なんで余計に減るんだ」
風呂に入るたびに落ち込んでいました。
自分の抜け毛を毎日のように排水口から集めていました。
部屋中に散らばった抜け毛たちをコロコロで集めて、ぼんやり見つめていました。
「本当に生えてくるのか」より「このまま終わったらどうしよう」の恐怖のほうが強かった。
初期脱毛の恐怖については以下の記事でまとめています。
髪が増えたというより「気にしなくなった」
でも、着実に改善はしました。

良かったね・・・
凹みながらも、治療を続けたから、徐々に改善していきました。
正直にいうと、若い頃に戻ったわけではありません。
でも、一時は、ハゲ一歩手前まで進行していた頭が、今では「普通」に近い状態まで回復しました。
でも、僕にはそれで十分だった。
髪の毛が普通になっただけで行動力が戻ってきた。

普通になれた・・・
別に、陽キャになったわけじゃないし、パリピ化したわけでもない。ただ、外に出るのが嫌じゃなくなった。人目を必要以上に気にしなくなった。
それだけで、十分過ぎるほど、幸せを感じた。
たぶん、AGA治療で変わったのは、髪の量よりも気持ちのほうだったんだと思う。
髪はキッカケで、本当に復活したのは自信だった。
他人は、自分が思うほど見ていない
薄毛に悩んでいた頃、「周りがみんな自分の頭を見ている」と思っていました。
でも実際のところ…
みんな、自分のことで精いっぱいです。
文字通りの意味でも、比喩的な意味でも。
もちろん見た目で判断する人もいる。

悲しいけど・・・
悲しいけど、それは仕方がない。でも、自分が恐れているほど、他人は他人に興味がない。
思えば僕が気にしていた「みんな」は、実在しない架空の人たちでした。
頭の中だけにいる、批評家たち…。
僕のハゲに気づいてすらいない人たちに、僕はずっと怯えていた。
それでも、僕は無理だった
ここまで書いておいて何ですが、言っていることが、矛盾しているように感じるかも知れません。
でも、僕は「薄毛を気にせず生きること」ができなかった。
「気にしなければいい」は分かる。

言っていることは分かる
でも、無理なものは無理でした。
だから治療したし、改善した今は本当にやってよかったと思っています。
お金はかかるし、はっきり言って自己満足かも知れない。
でも、ずっと頭の中を占領していた悩みから解放されました。
その費用対効果は、僕には十分すぎました。
まとめ
ハゲても幸せな人はいる。髪があっても不幸な人もいる。
だから「ハゲ=不幸」は、間違いです。
でも、もし今、写真を避けていたり、他人の目を恐れていたり、明るい太陽が敵だと思っているなら、「気にしすぎ」で片付けなくていいと思う。
治療するのも自由。受け入れるのも自由。
ただ僕は、改善したことで、50代の人生が少し楽しくなった。
40代後半で「治らないかも」と不安になりながらも、AGA治療をして本当に良かったと思っています。

本当にそう思う
別に、モテるようになったとか、良い仕事に巡り会えたとか、大きな変化はなかったけど、クヨクヨする時間がなくなっただけでも、だいぶ違う。
あと、ヘルメットが怖くなくなり、ツーリング中にコンビニにも普通に入れるようになりました。
些細なことですが、これが意外とでかかった。
僕は誰にも知られたくなかったので、オンラインAGAクリニックで治療をはじめました。おすすめのクリニックを比較した記事を置いておきます。
※本記事は個人の体験をもとに作成したものであり、効果には個人差があります。
※治療は必ず医師の指導のもと行ってください。
※薬の使用可否や副作用リスクは個人の健康状態によって異なります。


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