朝、洗面所の鏡を見た瞬間、一瞬、そこにいるのが自分だと認識できなかった。
やけに前髪のボリュームがなくペッタリとしているし、頭頂部あたりが蛍光灯の光を反射してるし…。
「…こんなに老けてたっけ?」
声を出したら、家族にバレそうで、必死に息を飲み込んでいたけど、そこには、一気に老け込んだ僕が映っていました。

恐怖・・・
僕も初めは「40代の薄毛は仕方がない」と思っていました。
というか、40代になれば、少しお腹が出てこようが、薄毛になろうが、白髪になろうが、しょうがないと若い頃は思っていました。

しょうがないよね・・・
でも、実際に40歳になり、世間では「不惑」なんて言われる歳なんだけど、やっぱり「仕方がないよね」なんて諦めることなんて出来ません。少なくとも僕は、全然、諦めきれませんでした。
僕がAGA治療を初めはたの47歳の時です。
現在は51歳になったけど、まだ諦めきれず続けています。
「40代だし、仕方ないよな」と思おうとした
僕が薄々、「もしかしたら、ハゲてきてるかも?」と思ったのは40歳になる直前ごろでした。
最初は見て見ないふり…
「まだ四〇だし、僕はまだハゲていない。気のせい、気のせい」
と思い込むようにしていたんです。
でも、40代半ばで、認めざるを得ない状態まで薄毛が進行し、AGA治療に踏み切った訳ですが、その時の心境はこうです。
「待て待て。50歳になる前にハゲるとは何事だ?!」
全然、仕方がないとは思えませんでした。

無理だ・・・
周りの人間も薄毛…ハゲてくる人もいるし、両祖父も、いつからかは知らないけど、僕の記憶がある時からはハゲていたし、僕の父親も、弟も薄毛です。
だから、いつかは「もう、ハゲてもしょうがないや」と思うようになる。なると思っていました。でも、全然思えなかった。
ちなみに、40代で仕方がないと思っていると、50歳を超えても、まだまだ…と諦めが悪くなっていきます。僕はそうでした。
自分の老いと他人の老いは別
少し…こんなことを言うと、周りから友達が去って行きそうだけど、同年代の仲間の中には「おでこが広がった人」もいるし、「つむじが広がった人」もいる。
一生懸命隠そうとしている人も、仕方がないとスキンヘッドにした奴もいます。
そんな仲間と会うと、みんなが慰める。
「俺らも、もうすぐ五〇だし、仕方がないよ」
もちろん、僕も自分より早く薄毛になった人を、そうやって慰めていました。
何なら「僕なんか、老眼が酷くて」とか「最近、朝だちもしないよー」とか、自分の老化を自慢していていました。
勃起力が落ちても、性欲はあるし、腰が痛くても、やるかやらないかは別にして、トレーニングすればどうにかなるし、老眼だってメガネをかければ生活は出来る。
でも、ハゲは治らない…治らないと思っていた。
だから、自分がハゲたら、かなり落ち込むだろうな…ハゲなくて良かった。と言うのが当時の僕の心境です。

性格悪い・・・
今考えると、そうやって他人の薄毛を憐れだと思っていたから、僕も薄毛になってしまったのかもしれません。
清潔感、という言葉が刺さるようになった
薄毛になってから「清潔感」という言葉がやたら怖くなりました。
テレビでもネットでも「40代は清潔感が大事」と言われる。
そのたびに「いや、分かってるよ」と思う。
お風呂にも毎日入ってる。加齢臭だって気にしてる。枕カバーも昔より洗ってる。
と言うか、ハゲ=不潔だというイメージ…なんか、昔から「頭皮を清潔にしないとハゲる」みたいな刷り込みがあるから、ハゲている人を見ると不潔だと思わされている訳で、逆に薄毛になってからの方が、髪の毛だけじゃなく、地肌まで洗っているし、全然、清潔だと思う。

確かに、刷り込みはあるかも・・・
なのに、髪が薄いだけで、一気に不潔側へ押し込まれる感じがある。
腹が出るのはまだ笑える。老眼も、「まぁ歳だしな」で済ませられる。
でも、ハゲだけは無理だった。

ハゲたくなかった・・・
こっちだって、好きで薄毛になる訳じゃない。
と…内心、思いながらも、いくら言っても、言い訳に聞こえるだろうなと半ば諦め、半笑いでやり過ごすことしかできなくなるんです。
薄毛だけの話じゃない、という感覚
40代の薄毛は、薄毛単体の話じゃありません。
体力が落ちたとか、徹夜ができなくなったとか、昔みたいな勢いがなくなったとか、いろんな「衰え」の話が同時進行している。

そうかもね・・・
髪の話をしているようで、その奥に「もう若くないな」という感覚がある。
写真を避けるようになった、というのも、薄毛だけのせいじゃない気がする。写真に写った自分が、自分の思っている自分と、どんどんズレていく感じ。
「こんな顔してたっけ」
「こんな感じに老けてたっけ」
そういう気持ちが積み重なって、カメラを向けられると少し身構えるようになった。
40代の薄毛は、老いそのものと向き合うことに近い。だから、単純に「治せばいい」とか「気にするな」では済まないんだと思う。
「諦める」か「向き合う」か
正直に言うと、今でも「仕方ない」と思う気持ちはある。
親父も薄かったし、遺伝だし、40代だし、今さら何ができるんだ、とは思った。
バイクのヘルメットの中で、汗でぺったり地肌に張り付いている髪の毛、昔と同じ量のシャンプーなのに、髪の毛を素通りして頭皮を流れる感覚…やっぱり薄毛が気になる。
ぶっちゃけた話、ハゲただけでイジられたり、不潔だと思われたり、なんか、粘着質っぽいと言われたりするのが、耐えられません。

・・・
確かに、仕方がないと言えば、仕方がないのかもしれない。でも、ちょっとの勇気で克服できるなら諦める必要はない。と思ったから、僕はAGA治療で、薄毛を治そうと思った。
別に、考え方は人それぞれだし、今考えれば、僕は薄毛になる自分を受け入れられなかっただけで、もし、僕が「これが老いというものか…」と受け入れることが出来れば、治療はしなかったと思う。
「諦める」のも、「受け入れる」のも、「治療する」のも、全部選択肢としてある。開き直って短く刈ってしまうのも、一つの答えだと思う。

答えは出ない・・・
正直、今でも「仕方ない」と思おうとする日はある。でも、そのたびに鏡を見て、やっぱり少し落ち込む。
たぶん僕は、最後まで諦めきれないタイプなんだと思う。
格好悪いとは思う。潔くないとも思う。
でも、「もう年齢だから」で全部片付けることだけは、どうしても出来ない。
もし、あなたが僕と同じ気持ちで、AGA治療を考えているなら、オンラインAGA診療がおすすめです。
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※本記事は個人の体験をもとに作成したものであり、効果には個人差があります。
※治療は必ず医師の指導のもと行ってください。
※薬の使用可否や副作用リスクは個人の健康状態によって異なります。

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